呂布カルマ twitter。 呂布カルマ(りょふかるま)偉大な戦歴をもつ2代目3代目モンスターを務めているMCを紹介します

呂布カルマはなぜ木の棒を持ってラップしているの?その理由は?

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名前:呂布カルマ(りょふ かるま) 別名義:ヤングたかじん 生年月日:1983年1月7日 年齢:37歳 出身:兵庫県西宮市 在住:愛知県名古屋市(中学生の時に引越) 職業:ラッパー 備考:Twitterでは「グラビアアイドル」の写真をつけてツイートする事が多い。 (ゴッドタンではその事について、どぎつい話題でも「ちょっとマイルドになりますよね」と発言しています。 ) 呂布カルマの由来 「蒼天航路」という漫画を読んでいて「呂布」という生き方に感銘を受けたのが由来となっています。 また「カルマ」という名前は雰囲気でつけたといいます。 そして「呂布カルマ」となったわけですが、いかにも強そうな名前で名前負けしていない呂布カルマが本当に凄いですよね。 ちなみに別名義で使うヤングたかじんですが、呂布カルマは「やしきたかじん」を尊敬していて、ヤングたかじんもMCネームとして使った事があります。 UMB2016には「ヤングたかじん」で出場して決勝まで上り詰めていました。 また決勝では — 2019年10月月18日午前4時14分PDT またこの写真に載っているアイドルの身長が「150cm後半」なので 175cm〜180cmくらいで間違いないでしょう。 呂布カルマの経歴 兵庫県西宮市で生まれて、小学校の時は大阪府東淀川区で過ごし、中学生になった時に愛知県名古屋市に引っ越しました。 また大学卒業後は漫画家を目指していました。 (ちなみに「週刊少年ジャンプ」より週刊少年チャンピオンを好んでいました) ラップを始めたきっかけ 大学のクラスメイトが自分が描きたいものではないものを、泣きながら描いているという仕事ぶりを見て、ただ喧嘩が描きたかった自分は駄目だと思い始めたから。 その息抜きとしてラップを始めました。 ちなみにDa. Recordsの影響が大きくダースレイダーにもデモテープを送ったこともあるといいます。 デモテープに対してダースレイダーは 「面白い独特なラップをするやつだな」とのことで、すぐに連絡をしたと語っていました。 またフリースタイルバトルに出たきっかけとしては、UMBをみて 「俺でも勝てるな」と 思ったからだといいます。 そして 「戦極MC BATTLE」「SPOT LIGHT」「UMB」「KOK」など様々な大会で輝かしい成績を収めます。 主な戦績• 戦極MC BATTLE 第12章 優勝• THE罵倒 2015 GRAND CHAMPIONSHIP 優勝• SPOT LIGHT 2015 優勝• THE罵倒 2016 GRAND CHAMPIONSHIP 準優勝• ULTIMATE MC BATTLE 2016 準優勝• 戦極MC BATTLE 第17章 準優勝• 戦極MC BATTLE 第18章 準優勝• SPOT LIGHT 2018 優勝• KING OF KINGS GRAND CHAMPIONSHIP 2018 優勝• ULTIMATE MC BATTLE 2019 THE CHOICE IS YOURS 準優勝• 戦極MC BATTLE 第20章 準優勝 ADRENALINE FINAL 2019 優勝 2017年からはフリースタイルダンジョンで2代目モンスターを務めていて4人目を任される事が多いですね。 2019年からは3代目モンスターとして活動しています。 現在は音源制作・ライブ活動・フリースタイルバトル・メディア出演など様々な活動を行なっています。 個人的におすすめな呂布カルマの曲を載せておきますね。

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ラッパー呂布カルマ インタビュー「名古屋でトップの自分が食えなきゃダメ」

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KAI-YOU. netでは、10月に発売されたカルチャー雑誌『SWITCH』の特集「 みんなのラップ」とコラボレーション。 『SWITCH』では未掲載の、ユニークな人となりに触れる部分まで、ロングバージョンのインタビューを掲載。 呂布カルマ もともと、努力じゃないもので身を立てたいって考えてて。 楽だから。 僕にとってヒップホップって、(社会的に)ちゃんとできないヤツが才能だけで食っていくことができる、数少ないジャンルの一つなんです。 スポーツは努力がものをいう。 サラリーマンも努力。 でも、例えば絵描きとかって、もちろん努力してる人もいるけど、努力と思わずに絵を描いてるうちにそれが認められるってことがある。 だから、僕は絵というか漫画を描いてたんですよ。 それで美大に入ったんですけど、漫画家も、結局プロとしてデビューするまでひたすら描き続けて持ち込んでを繰り返して、もしモノにならなかったら何にもならないことに気付いて。 でも、段々ロックの部分が邪魔になってきて、ヒップホップを聴くようになっていきました。 妄走族、餓鬼レンジャー……その辺りを掘っていました。 本は全然読まないけど、歌詞が好きなんですよね。 ヒップホップにハマったのも、詩が面白いって思ったのがきっかけ。 ちょうどその頃、バンドブームだったんですけど、楽器の練習はしたくない。 ラップだったら、いきなり人前でやっても評価がもらえる。 練習しなくていい、歌唱力がなくていい、誰かとつるまなくてもいい。 そういう手軽さもよかった。 まあこんな長いことやるって思ってなかったですけど(笑)。 正確には覚えてないんですけど、妄走族かDELIだかが名古屋にきた時のライブ会場で、The Ballersという名古屋のクルーが、「我こそはと思うヤツは来い!」みたいな新人発掘イベントのフライヤーを配ってて。 フリーターだったしリリックは書きためてあったので、16小節分を持っていきました。 21時からって聞いてたのに全然始まらない上に出番も後ろの方で深夜まで待たされて、緊張もしてたしベロベロに酔っちゃって「早くやらせろや!」って感じでした(笑)。 DEV LARGEのインスト曲でやりましたね。 「Muzie」っていうインディーズ音楽の投稿サイトだったんですけど、投稿したらなぜかいきなりランキング1位になって名前を知られるようになって、今度はこっちから気になるトラックメイカーに声かけて曲をつくって投稿し始めました。 最初はフリースタイルも全然やってなくて、それこそ2005年の「ULTIMATE MC BATTLE」(「UMB」)でカルデラビスタが優勝した初回をDVDで見て、興味を持ちました。 東京でも流行り出して、それが広がって名古屋でもバトルイベントが開催されるようになって、客として観に行ってるうちに「 あれだったら俺でも勝てるな」って思ったんですよね(笑)。 当時はたくさんあった草バトルみたいなものに2・3回くらい出場した後に、2007年のUMBの名古屋予選に参加したんです。 1回戦・2回戦で圧勝して、周りも「(呂布カルマ)優勝いけんじゃね?」って空気になったんですが、3回戦でYUKSTA-ILLと3回延長の末に負けました。 彼はそのまま名古屋予選で優勝して、僕とのバトルもベストバウトに選ばれて、それから名古屋の外でも知られるようになった。 バトルにのめり込んだのもそこからですね。 当時は今ほどバトルイベントの数はなかったから、開催される半月くらい前からバトルの脳みそにするというか。 フリースタイルもガンガン練習して、 勝っても負けてもすごい引きずってたナイーブな時期もあったけど、そんなことやってたら曲も書けないから、ラフに臨むようにしていきました。 あと、韻の弾みでクソダサいこと言っちゃって、公開された動画を見て悶絶するみたいなことが何度かあって(笑)。 それで、韻にこだわらずに音源を聴いてみたいと思わせるフリースタイルをしようと決めて。 めっちゃ韻踏むけど音源を聴きたいってビタ一文思わせないようなヤツもいるけど、それって逆プロモーションですよね。 それに、韻にこだわらないで勝てる方が楽じゃないっすか(笑)。 ありがたいことに、呂布カルマのスタイルとして認められたのか、最初は負けてたけど、段々それでも勝てるようになっていきました。 今でこそなくなったけど、膝震えたり、めっちゃ偉そうなこと言ってるのにマイクをスタンドに戻す時に手がガタガタ震えすぎて戻せなかったり(笑)。 そんな緊張することなんて日常生活にないから、それが面白かったですね。 今は、そこまで緊張もしないし、逆にバトルやってて楽しいとも感じなくなってます。 最初はバトル出場は売名の意味もあったけど、 今の自分にとって優勝してファイトマネーをもらう以外にバトル出る意味はない。 勝って当たり前。 バトルは完全に仕事、賞金稼ぎの場として考えてます。 誘われたら出るけど、もうずっと自分からエントリーはしてないですね。 ライブに呼んでくれるならついでに(バトルにも出る)。 誰からも声かからなくなったらもう出ません。 今のバトルは、相手が本気で傷つくことを言ってこない。 始めた当時は、「そんなことまで言ってくんの?」みたいなことが普通だったけど、今は本当に 韻踏み遊びになってる。 何言われたかも覚えてないし、ムカついたりもしない。 僕は名古屋に住んでるからいいけど、もし東京に住んでたらもっと周りのラッパーと顔合わせるだろうから今のようにはやれてないかも。 それだけに、 音源を聴いたこともないけどバトルだけで有名な人がニコニコしながらバトルしてるのを見ると、ヌルいって思っちゃう。 「それ、意味あんのかな?」って。 バトルは結局揚げ足取りだから、韻の弾みで言ってくるしょうもないことを突けば勝てちゃうんですけど、僕は、 ボロクソ言った相手に「もう二度と戦いたくない」「バトル出るの辞める」って言わせるのが本当のバトルだと思う。 社交辞令だろうけど「呂布くんとやりたかったわ」とか言ってくるヤツもいて、それってなめてる証拠じゃないですか。 観客にも「エグい」って思わせるようなバトルが気持ちいいし、終わった後に「今度は負けねえぞ」とか言われると足りなかったなって思います。 そういうヤツら同士ならそれでも勝てるけど、その先は身につかない。 やっぱり ヒップホップはカウンターだし、そもそも音楽だから、地道に練習してサイファーで腕磨いてバトルに全力をかけるっていうのは違う。 だから「アツいバトルを」とか言われると冷や水をぶっかけてやりたくなる。 「そんなことやってる場合かよ」って。 でも、音源に力を入れている人はバトルには出たがらないし、今のバトルブームも対岸の火事って感じですよね。 プロもアマも混じったオープントーナメントだから、プライドも邪魔してる。 けど、バトルで名前をあげたらCDの売上も断然違うんだから、もっと積極的に出ればいいのにとは思う。 5lackとかKOHHが出るくらいになればもっと盛り上がってスタイルウォーズになるだろうし、そこまでいけばバトルもバトルで面白くなるのに。 ほとんどの仕事が東京になって、行き来するのがあほらしいってなれば考えるけど、子供もいるし、名古屋で子育てしたいので。 一番かっこいい時に死んじゃってるから、特に名古屋では(TOKONA-Xの死が)重く影を落としてるんですよ。 良くも悪くも。 TOKONA-X:もとは横浜出身だが、名古屋に転居してラッパーとして活動を開始。 日本におけるヒップホップ黎明期の伝説イベント「さんピンCAMP」にも出演。 後に「ILLMARIACHI」というクルーも結成。 その名を全国に轟かすも、2004年に満26歳で逝去 TOKONA-Xが活動してた頃は、名古屋のクラブも週末はパンパンに人が入ってて、東京に出る必要もないほど盛り上がってた。 客層も怖くて、誰が出演者で誰が客なのかわからないような、首がガチガチに太い人たちばっかりでした。 でも、今は全然そんなことない。 あの時クラブで遊んでた人たちはどこ行っちゃったんだろ?(笑)。 今は、若い子にもギラギラしてるヤツはいない。 金か女の子が絡めばギラつく価値もあるけど、名古屋のお客さんにも日本語ラップ好きのオタクみたいなやつしかいないから、ギラつく相手もいないんですよ。 少なくとも僕の知る限り、名古屋のクラブでは、客も全員プレイヤーで、純粋な客がほとんどいない。 それってめっちゃ不健全じゃないっすか。 ある意味、成り上がってやろうみたいな気持ちではないんですか? 呂布カルマ 僕も成り上がりたくて、ラッパーの友達なんて一人もいらないって思って尖ってた時期もありましたけど、今の人たちはそういう感じでもないんですよね。 ヒップホップは売れないし食えないのが当たり前になっちゃってるからだと思う。 「仕事しながら生活を歌うのがヒップホップでしょ」って、僕もちょっと前まではそう思ってました。 でも、自分で言うのもなんだけど、 名古屋でトップの方にいる自分が食えなきゃダメだから。 バトルがこれだけ流行ってるのに、日本中誰でも口ずさめるヒップホップのヒット曲が1曲もない。 それって怪しいですよね。 だから僕は、 7月には仕事も辞めて、今はラップ1本です。 呂布カルマ PVを出しても再生数は数万だけど、バトルの違法動画は数十万とか、桁が違う。 バトルイベントだと物販も飛ぶように売れるんですよね。 バトルファンが「呂布カルマが新作出したからとりあえず買おう」となればすごいことになるはずなんですよ。 バトル好きにとって、バトルに出てないラッパーは存在してないのと同じなんですよね。 それはもったいない。 最初は本当の意味でわからなくても、ガキの間でファッションとして、呂布カルマの音源聴いてるのがクールってなって聴いてくれるようになればいい。 教育関係の仕事をされているという話は聞いていました。 呂布カルマ 塾長なんて、ヘルスの店長みたいなもんで(笑)、直接サービスはしないんですよ。 個別指導塾だったんですけど、生徒を勧誘したり先生を面接したり、講師を生徒に割り振ったりしてました。 呂布カルマ 今は、娘を保育園に預けてる日中に曲をつくったり(息抜きに)芋虫を探しに行ったりしてますね。 そういう意味でも、僕もやっぱりバブルの恩恵は受けているけど、ブームからは1歩引いてます。 ラップも真新しいから流行ってるだけで、それが当たり前になったらブームは終わる。 だから、バトル好きがたくさんいるうちに、集中して曲つくっていいアルバム出して、次のステップに行ければ。 韻のパズルがはまると書きあがった時に気持ちいい。 ヒップホップは手軽だけど自分と向き合う時間がめっちゃあって、書けば書くほどのめりこんでいくんですよね。 お金にもなるしチヤホヤされるし、言うことない。 やっぱり僕にとってヒップホップは楽しいものなんです。 ただ、僕はあくまで言葉での表現の一つとしてヒップホップを取り入れてるので、言葉を使った活動ができればいいかなって思ってます。 漫画も諦めてません。 漫画で有名になってラップやるより、ラップで有名になって漫画を描く方が全然やりやすい気がするので、「4コマ描いてよ」みたいな話を待ってます(笑)。 三国時代なのにどの国も自由に行き来して重宝されて、やりたい放題やっとんなって。 別に三国志に詳しいわけじゃないんですが、「呂布」に語感だけで「カルマ」をくっつけました。 外で「呂布くん」とか「カルマくん」とか呼ばれると、知らない人には「え?」って感じで、くそ恥ずかしい(笑)。 完全に若気の至りですね。 僕の背負ってるカルマ(業)は、「呂布カルマ」っていう自分のつけた恥ずかしい名前です。

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呂布カルマとは?フリースタイルダンジョン2・3代目モンスター|MCバトル.com

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この記事の内容• ご利益あり…そう…? 大好きすぎるこの仕事のことを褒めていただき呂布カルマ ってほんま神やで 感謝を伝え忘れたぁぁぁaaaa😨 また絶対会う! さん — St moco Stymoco 『戦極MCBATTLE 第21章』の八文字さんとMOAIさんとのインタビューで、木の棒について呂布カルマさんが自ら詳しく語られていたのでそれを引用して紹介したいと思います。 呂布カルマの木の棒の正体 地元の公園で花見をしている時に横に落ちていたもの。 「めっちゃいい木じゃん」と一目惚れしそのまま愛用。 相当、愛着があるようですね。 もはや、呂布カルマさんのシンボル的な存在ですね! 呂布カルマの木の棒の恩恵 「公園とかで小さい小型犬を連れてるおじさんいるじゃん。 かわいい~って寄ってきたら触る?みたいな、あれ、あの感じ」 呂布カルマさんと出会ったグラビアアイドルやロックスターの方が木の棒に興味を示され、若いMCの場合は率先して触らせてもらいたいと頼むそうです。 会話のきっかけを作るツールと化していますね! 呂布カルマの木の棒の重量 重量は女の子が両手で持てるくらいとのこと、結構ずっしり。 それを振りながらラップするなんて腕が鍛えられそうですね。 そもそも疲れそうです。 鈍器としても使えそうな気もしますね。 呂布カルマの木の棒の色々 他には、自宅ではカバンに入れっぱなしで保管、木の棒の「車幅」は分かっているから相手にぶつけない、ラップしている際は手持ち無沙汰で木の棒を離している時、どうしたらいいかわからないと語られていますね。 木の棒に対しては愛があり、インタビューでは縁を切る予定について 「今のところはないです」 もはやご神木のように感じます。 もしかすると、いずれ伝説の木として語り継がれることになるかもしれないですね!事実、呂布カルマさんは数々のラップの大会で結果を残されているので有り得ない話ではないですね! 以下が引用元の動画になります。 呂布カルマが木の棒を持っている動画 ・MU-TONvs呂布カルマ. 凱旋MCbattle東西選抜冬ノ陣2020. 決勝戦 ・呂布カルマ vs SNAFKN【ADRENALINE 2019 FINAL】漢 a.

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